川風のガーデン

 会場のひとつである「川風のガーデン」は展示スペースと屋上のある開放的な空間で、山口が多く描く多摩川が一望できます。展示作品は、会場のすぐそばを流れる多摩川や土手の緑といった川にちなんだ風景が多くを占めました。穏やかな水面や光を反射してきらめく瞬間、あるいは水辺に立つ樹木が鏡のように映る様子など、同じ多摩川でありながら様々な表情が描かれています。災害時には私たちの命を脅かすこともある水ですが、山口の描く多摩川はいずれも静けさを湛え、光や風を受けて刻々と移ろう描写からは無常感をも感じさせます。

 他には、工事現場と思われる一角や街なか、駐車場など様々な場所が描かれています。全て川崎市内に実在する場所ではありますが、いずれも私たちの身の回りにある風景を思い起こさせるような作品が多いでしょう。とはいえ、山口は作品の中に川崎を含む都市の形成に欠かせないモチーフを潜ませています。たとえば、モチーフのひとつである砂利は河原に無数にあり特段珍しい風景ではありませんが、関東大震災以降から東京オリンピック(1964年)が開催される頃にかけて主に都市部で使用される建築資材として大量に採取され、震災からの復興や高度経済成長を支えた重要な資源としての側面も持っていました。

 また、以前からトタン板を用いた建物について川崎を象徴するものの一つと捉えていたという山口は、作品を展示する壁面の一部を中古のトタン板で覆うプランを立てました。トタン板もまた砂利と同様に、高度経済成長期以降に建築資材として重用された歴史があります。繋ぎ合わされたトタン板を背景にすることで、展示された風景画はそれぞれが独立した作品であると同時に、全体でひとつの大きな作品とも捉えられます。また、屋上にはトタン板でできた小屋を作り内部にも絵画を展示し、さらに床には本物の砂利を敷き詰めました。絵画だけでなくインスタレーションとして展示することで、かつてトタン板を用いた住居で暮らしていた人々の存在をより直接的に感じさせます。

 川崎を含めた都市の風景をテーマとした本展は、この会場においては屋上から臨む多摩川、その下流に広がる工業地帯、そしてそれらが内包する歴史までもが展示を構成していたといえるでしょう。川とその周辺を描いた作品は誰もが日常の中で目にするような風景であると同時に、都市が抱える歴史への示唆も含まれています。

作品画像
展示風景