River / Blue 山口幸士
はじめに

  山口幸士は、出身地である川崎をはじめとする都市の風景を多く描く画家です。10代の頃に出合ったスケートボードから得た視点を基に描かれる作品は疾走感と浮遊感を持ち、明るさと同時にどこか寄る辺ない不安定さも感じさせます。

 展覧会タイトルである「River」は多摩川を指し、「Blue」は水の色であると同時に肉体労働者を示す言葉である「ブルーカラー」も意味します。川崎は多摩川に沿って細長く伸びるように位置しており、戦後、沿岸部には多くの工場が建設されました。そこでは様々な場所から移住した人々が労働に従事し、高度経済成長を支えると同時に出自の違いなどから差別を受けてきた歴史があります。

 「川崎を描くことは都市そのものを描くこと」そう語る山口は工場地帯など川崎を象徴するような光景はもちろん、穏やかな光を反射する川面や河原の砂利といった場所を特定できない景色も多く描いてきました。それらの作品を俯瞰すると、戦後、急激な発展を遂げた都市の姿と私たちが日常生活を送るなかで何気なく目にする風景が複層的に示されており、川崎ひいては都市空間の在りようを 粒さに描き出しているといえるでしょう。過去の出来事が直接的に描かれてはいないものの、個々のモチーフのなかには都市が内包する歴史といったテーマがさりげなく織り交ぜられています。

 昨年の11月から12月にかけて、当館は山口の作品を紹介する展覧会を開催しました。会場は、多摩川を一望できるオープンスペース「川風のガーデン」(多摩区登戸)と、戦後、グラフィックデザインをはじめ多岐に渡り活躍した粟津潔あわづ きよしの自宅兼アトリエであった「AWAZU HOUSE 粟津潔邸」(多摩区南生田)の2か所でした。いずれの空間も自然光が豊かに降り注ぎ、天候や時間によって雰囲気は大きく変化します。流れ行く一瞬の景色をとらえたような独特のタッチで描かれた風景画と各会場の空間を活かした展示をご覧いただき、私たちの暮らす場所や身の回りの風景に皆さんが今一度目を向けるきっかけとなれば幸いです。

 本展の開催にあたり、作家の山口幸士氏をはじめ多大な御協力をいただいた関係者の皆様に、厚く御礼申し上げます。

2025(令和7)年1月