第3章 21世紀のストリートカルチャー
―世界はカワサキをめざす―
川崎の若者文化とクラブチッタ

 川崎における若者文化の発展に貢献した施設に、クラブチッタがある。クラブチッタ運営の母体であるチッタグループは、1922年に東京・日暮里に開業した映画館を源流としており、1937年に川崎に進出、映画の街としての川崎市の娯楽街の発展に貢献した。

【画像3-1】昭和10年ごろの川崎映画街建設予定地の様子(株式会社チッタエンタテイメント提供)

 1987年、シネマコンプレックス「チネチッタ」を中心として装い新たとなった川崎映画街に翌年、ライブホール「クラブチッタ川崎」が開館した。観客収容1,000人を超える規模のライブホールの先駆けとしてオープンして以来、国内外の錚々たるアーティストたちによる数多くの名演を生み出し、1990年代にはここから有名になるアーティストも少なくなかった。クラブチッタは開館当時から、ヒップホップのライブやブレイクダンスのイベントを多く開催しており、アーティストやブレイキンの選手からは現在も聖地として親しまれている。

【画像3-2】クラブチッタ川崎、開館当時のチラシ(クラブチッタ提供)

【画像3-3】クラブチッタ川崎、開館当時のチラシ(クラブチッタ提供)

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【画像3-4】ISF KAWASAKI 2021「SUPER BREAK」の様子(© 2021 IAM)

【画像3-5】ISF KAWASAKI 2021「SUPER BREAK」の様子(© 2021 IAM)

【画像3-6】ISF KAWASAKI 2021「SUPER BREAK」の様子(© 2021 IAM)

グラフィティからミューラルアートへ

 グラフィティはその源流が「落書き」ということもあり、無断で他者の所有物へ「描く」犯罪行為とされていた。発祥の地ニューヨークでも1980年代に社会問題化しており、行政側の対応としても落書きを「消す」ことに重点が置かれていた。一方、美術界ではそれらに価値を見出し、収蔵する美術館なども徐々に増え、21世紀に入るとアート作品としての認知が進む。
 日本では2000年代前半、東急東横線の桜木町駅から高島町駅にかけての高架下の歩道に描かれた壁画が話題となった。東横線ガード下でのグラフィティ活動は1990年ごろから行われており、当初これらは「黙認」されていた。

【画像3-7】1990年頃、東横線ガード下に描かれていたグラフィティ(画像提供:宮下文吾氏)

【画像3-8】1990年頃、東横線ガード下に描かれていたグラフィティ(画像提供:宮下文吾氏)

【画像3-9】1990年頃、東横線ガード下に描かれていたグラフィティ(画像提供:宮下文吾氏)

【画像3-10】1990年頃、東横線ガード下に描かれていたグラフィティ(画像提供:宮下文吾氏)

 こうしたグラフィティは全国的にみられるようになったが、その後行政などによる実験的な公認を経て、現在はミューラルアート(所有者の許可を得て壁面等に描かれる絵画)として、川崎市をはじめ全国的に広がりを見せている。また、グラフィティを起源とするストリートアートも、「落書き」の枠を超えて、芸術性の高い作品を生み出すアーティストも続々生まれており、川崎を活動拠点とする作家も増えている。

 川崎市市民ミュージアムは、2019年10月の台風19号(令和元年東日本台風)により被災し、被災収蔵品レスキュー活動のため、等々力の施設の周囲に仮囲いを設置したが、その仮囲いには、川崎市内ゆかりのアーティストがライブペインティングで制作した作品が掲示されていた。

【画像3-11】©DRAGON76

【画像3-12】©WOOD

【画像3-13】©GOSPEL

等々力緑地内川崎市市民ミュージアムの仮囲いに掲出された、川崎ゆかりのアーティストによるライブペインティングで制作された作品群。(2020年)

▲外部Webページ「川崎市 まちなかアートプロジェクト in かわさき(Youtube)」に移動します

アーバンスポーツ選手の定着と輩出

 現在川崎市では、「若者文化の発信によるまちづくりに向けた取組」を行っており、ブレイキンやスケートボードなどを中心にプレイできる若者文化創造発信拠点「カワサキ文化会館」の整備など、アートだけでなくスポーツに関しても若者支援を行っている。特に近年注目されているブレイキン、スケートボード、BMX(フリースタイル)、ダブルダッチ、フリースタイルバスケットボールなどのアーバンスポーツから世界的に活躍する選手を輩出してきた。世間的にはまだ認知が低かった頃から選手たちが日々研鑽を重ねていたのが川崎の地であった。

【画像3-14】等々力緑地でBMXの練習に集まる若者たち(画像提供:堀井明氏)

【画像3-15】等々力緑地でBMXの練習に集まる若者たち(画像提供:堀井明氏)

 1990年代、主にアメリカ内を中心に発信されていたアーバンスポーツは、日本でその情報を入手することは困難であった。そうしたなかで情報を発信しはじめたのは、メジャーなメディアでは雑誌『Fine』などであった。また、スケートボードやBMXはそれぞれボードや自転車などのギア販売店が存在する原宿や渋谷が情報の発信地となった。そこに、アメリカで得た情報を発信する若者が集ったり、ビデオなどで情報を得たりして、それを地域に持ち帰る形で各地に波及した。そのような最先端の文化を貪欲に求める若者がそれらの情報を川崎に持ち込むことで、普及の芽が芽吹いたのだった。

 古くは1990年代にビデオで、21世紀に入ってからは動画サイトなどを通じ、アーバンスポーツの各ジャンルで「ミゾノクチ」「トドロキ」「ナカハラ」が世界的に知られていく。その影響から川崎の各所はそれぞれのジャンルにおける聖地となり、海外のトップ選手たちが来日時に川崎を訪れることも少なくない。
 JR南武線武蔵溝ノ口駅の改札前では、ブレイキンやヒップホップダンス、ダブルダッチを極めようとする若者たちの練習する姿が見られるようになった。スケートボードやBMXは等々力緑地、フリースタイルバスケットボールはJR南武線武蔵中原駅前というように、川崎で練習を重ねる若者たちが増え、そうした競技の選手が世界大会に名を連ねるようになった。また川崎ルフロンや日航ホテルの前にもBMXやラップ、ブレイキンをする若者たちが集い、活気づいている。

【3-18】JR武蔵溝ノ口駅前でダブルダッチの練習をする若者たち(2007年頃、個人蔵。©CAPLIORE)

【3-19】JR武蔵溝ノ口駅前でダブルダッチの練習をする若者たち(2007年頃、個人蔵。©CAPLIORE)

【3-20】JR武蔵溝ノ口駅前でダブルダッチの練習をする若者たち(2007年頃、個人蔵。©CAPLIORE)

カワサキのこれまでとこれから―ストリートの諸相―

 現在の川崎にはストリートカルチャーが根付いている。だが、これは一朝一夕にできたものではなかった。早くは1990年代初頭から、また、どのジャンルも広くは認知されていなかった2000年代から、自分たちが愛するストリートカルチャーを極めたい、広めたいと信念を持って、若者たちが辛抱強く活動してきた結果が今につながったのである。それらは若者に支持されると同時に、レジェンドたちが現在において第一線で活躍していることからも、普遍性を獲得して文化となったといえる。

 若者が生み出す文化は、古くから既成概念への反発という意味を含むこともあり、年長者を中心とした多数の人々に眉をひそめられることも少なくない。年長者が「今どきの若者は」と思うことは珍しいことではなく、自身が年を重ねると若者に対してそのような見方をするようになるのも人間の業なのかもしれない。

 一方で、それにめげず、自分たちの持つ良さを理解してもらおうと懸命になる若者の姿は、年長者に限らず、多くの人々の心を打つのもまた事実である。そうした若者を応援する、多くの人々がいるという環境も、人がのびのび育つには必要である。
 特に川崎は戦後、工業化が進んだ影響で、さまざまな背景を持つ人々が集まる土地柄から、「多様性」と言われる以前に、すでに多様な人々を受け入れる街であり、これが新しい文化を生み出していく最大の要因であったのではないだろうか。

 自身を受け入れてくれた地域に対して、育ててもらったと恩を感じる若者たちが現在、川崎に住む若者たちを支える立場になってきている。これはまさに、ヒップホップにおけるフッド(地元)を大切にする信念と通じている。ときに若者は、逸れた道に進もうとすることもあるかもしれない。そうしたときに「そっちじゃないよ、こっちだよ」と、声をかけてくれる、そうした人々が川崎には多く存在する。こうした人たちに支えられ、新しい芽が芽吹き、世界へ羽ばたき、そしてまた戻ってくる未来が、川崎の路地から見えてくる。

【3-21】2024年10月20日にカワサキ文化会館で開催された、本展関連ワークショップ「Hop/Colors/Document」にて、講師の今井俊介氏と参加者による制作作品《さんかく》。カワサキ文化会館にて展示中。

<関連リンク>

◆ASIAN JUMP ROPE CHAMPIONSHIPS 2024
https://www.ajru.sport/ac2024/

◆DOUBLE DUTCH CONTEST WORLD 2024
https://doubledutchcontest.net/world/

◆クラブチッタ
https://clubcitta.co.jp/

 

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