関係者コメントの記録「日本大学芸術学部写真学科 被災した写真作品のレスキューに参加して」

 最初にレスキュー依頼の連絡を頂いたのは2019年10月19日、幕末にハーベイ・ロバート・マークスがサンフランシスコで撮影した日本人漂流民のダゲレオタイプ1 の救出についてでした。
 被災後の川崎市市民ミュージアムを最初に訪れたのは2019年10月26日、ゼラチン・シルバー・プリント2 の洗浄作業が始まり、ダゲレオタイプはその日に収蔵庫から引き上げられましたが、気密性プラスチックバッグでシールされていたため内部には浸水が見られないようでした。2点のダゲレオタイプは当大学の収蔵施設でお預かりすることとし、翌日開封しましたが、内部には全く浸水しておらず作品は無傷でした。同時にお預かりした他の水損ダゲレオタイプやアンブロタイプ3 の処置も行いましたが、次の大きな作業は水損した19世紀の鶏卵紙けいらんし4 の洗浄作業でした。
 ミュージアムでのレスキュー作業の過程で19世紀の鶏卵紙は比較的状態がよく保たれていることがわかり、より効率的な作業を行うため大学の施設内に場所を設定し、持ち込まれた約140点の作品の洗浄と台紙からの剥離、エアストリーム法5 による乾燥などの工程を試行錯誤しながら作り上げ作業を継続しました。
 この作業は写真修復家の方々、東京大学史料編纂所スタッフの方々の協力を得て主たる作業を進め、加えて大学院生や卒業生にも補助的作業で協力を得ました。また旧知の米国ヒューストン美術館の写真コンサヴェター(保存・修復の専門家)からの情報提供も有益でした。
 被災した写真への応急処置とはいえ、これまで台紙にマウントされた鶏卵紙を水に浸けて水洗する経験もほとんどなく、躊躇ためらいがちな作業でしたが、20世紀のゼラチン・シルバー・プリントより19世紀の鶏卵紙の方が浸水には耐性があるということを実感できたレスキューの経験でした。
 その後、ミュージアムで応急処置を行った約130点の作品を大学でさらに水洗・乾燥する作業なども行いましたが、これらの作業を通じて、常に感じていたのは日本では自然災害は不可避であるということです。
 必ず自然災害はやってくる。それは歴史が証明しています。地震や、地震が引き起こす津波、今回の台風のような気象による災害も頻繁に起こりますし、火山の噴火などがあるかも知れない。これらの多くはいつ起きるかは分かりませんが必ず起きるものです。宝永年間の富士山の大噴火のようなものであれば、首都圏にも火山灰が降り都市機能はマヒするでしょう。インフラはダウンし、レスキューしようにも移動もできないという状況も十分に考えられます。
 それら災害に対する対策は一概には語れませんが、常に災害は起こるという意識は不可欠です。前記のダゲレオタイプは浸水に対する防護措置が施されていたため、浸水した収蔵庫の中でも被害無く救出することができたのです。全ての資料にそのような対策を講じることは不可能ですが、何らかの準備によって被害を軽くすることは可能でしょう。
 また災害後の対応をどのように進めて行くか、実際の経験に学ぶ必要があります。今回、特筆すべきはミュージアムの担当の方々が作品の救出に本当に力を尽くして頂いたこと。そして大変ありがたいことは被災やレスキューの状況、その情報を継続して発信して頂いていることです。川崎市市民ミュージアムの前例のない取り組みに常に関心を寄せ、その情報に私たちは学び、意識や知見を高めていく必要があると思います。

1 ダゲレオタイプ(銀板写真)
フランスのルイ・ジャック・マンデ・ダゲールが発明した最初期の写真技法のひとつ。銀メッキされた銅板(プレート)に画像を形成するため、銀板写真とも呼ばれる。1839年に発明を買い取ったフランス政府が本技法を発表し、各地に広まった。その画像の精密さから、1840-50年代には各国でダゲレオタイプによる肖像写真が数多く制作されることとなる。
 当館は日本人が写された最古の写真といわれるハーベイ・ロバート・マークス撮影の《慎兵衛(清太郎)像》と《岩蔵(岩吉)像》(1851-52年頃)の二点を収蔵する。本作は1850年に江戸を出帆し遭難した樽廻船・栄力丸船員がアメリカ商船に救助された後、サンフランシスコで撮影された肖像写真である。

2 ゼラチン・シルバー・プリント
1880年代に普及し、今日に至るまで、世界中で親しまれているモノクロ写真の印画紙の名称。1970年代にカラー写真が台頭するまで、モノクロ写真として我々が認識している写真はその多くがこの印画紙を使用している。感光性のある銀塩粒子を含んだゼラチン乳剤が紙に塗布されていることから、ゼラチン・シルバー・プリントと呼ばれる。

3 アンブロタイプ
1851年にガラス板にヨウ化コロジオン液を塗布するコロジオン湿板法が考案されると、その改良技法として登場した写真技法。ガラス板の支持体の上にコロジオンの画像層を形成し、背後に黒い紙などを置きネガ像をポジ像として鑑賞する。1854年にアメリカのジェームス・アンブローズ・カッティングが「アンブロタイプ」の名称で特許を取得し、アメリカを中心に広く普及することとなる。ダゲレオタイプ同様に肖像写真が数多く制作された。

4 鶏卵紙
1850年にフランスで発表された。材料に鶏卵(卵白)を使用するため、鶏卵紙と呼ばれている。セピア色の繊細な濃淡の表現が可能であり、肖像写真や風景写真など、幅広い目的で使用された。ドイツのドレスデン鶏卵紙製造会社を中心に、工場生産された高品質の卵白紙が広く流通したことで、より手軽に写真制作が可能となり、ダゲレオタイプやカロタイプに代わり、コロジオン湿板法によるネガ像を焼き付ける印画紙として19世紀後半の主要な写真技法として広く一般に定着することとなる。

5 エアストリーム乾燥法
水没した紙資料を気流(air stream)により乾燥させる手法。1988 年にアメリカのコンサヴェターであるR. フターニックが発案し、現在は修復工房等でも採用されている。ダンボールと吸い取り紙の間に湿ったままの紙資料を一枚ずつ挟み、その層を積み重ね、重しを乗せた状態で送風し乾燥させる。ダンボールの穴の間から湿気を逃がすことで、3~6時間程度でフラットな状態を保持したまま紙資料の乾燥が完了する。この手法の利点は水損した資料の洗浄後、フラットニングしながら乾燥することで、その後の保管や修復の作業が効率よく行えることである。当館の写真レスキューでは水で洗浄した鶏卵紙の乾燥法として採用した。
(注釈編:川崎市市民ミュージアム、高橋則英)

(掲載写真:日本大学芸術学部写真学科での応急処置の様子 撮影日:2019年11月2日)

日本大学芸術学部写真学科 特任教授 高橋則英
https://www.art.nihon-u.ac.jp/